相続税よりめんどうな不動産

不動産は取得、購入、所有、譲渡、売却などさまざまな場面で課税される。相続のなかでの流れでも例外ではない。例えば、不動産取得税は、相続で取得した場合は課税されないが、生前贈与で取得した場合には課税される。生前贈与で相続税を節約しても、不動産取得時の税金を見落としていると節税効果を判断しきれない。不動産の税はやっかいだ。
相続に関するトラブルは、その後の人間関係にまで影響を及ぼします。そのようなトラブルを無くすためには遺言書を作成することが望ましいのですが、その際いくつかの注意点があります。まず、自筆の遺言書の場合は日付を忘れてはいけません。全てを自分で記入し、署名と押印も必須です。公正証書遺言の場合は、二人以上の証人が必要になってきます。死後、大切な家族がもめないように、しっかりとした形での遺言書作成をおすすめします。
 福島第1原子力発電所の相次ぐ事故により一部地域が屋内退避対象となっている福島県飯舘(いいたて)村の高級和牛ブランド「飯舘牛」の子牛2頭が30日、山梨県南アルプス市に“避難”してきた。同市内で農業支援を行うNPO法人「南アルプスファームフィールドトリップ」(小野隆理事長)が、同村の和牛繁殖農家、菅野義樹さん(33)から2頭を購入し、同市下市之瀬の遊休農地に放牧した。

 同法人は昨秋から、遊休農地約1・7ヘクタールで、2頭のジャージー牛に下草を食べさせ、農地を回復させる事業を行っている。

 今回は、小野理事長が風評被害などを懸念し、知り合いだった菅野さんに持ちかけた。2頭は生後9カ月半の雌の子牛で、30日午前7時過ぎに菅野さんと共に村を出発。午後3時半ごろ、到着した。初めは興奮して、トラックの荷台から降りるのを嫌がっていたが、すぐに下草を食べ始めた。

 菅野さんは「これからも村で牛飼いを続けられるのか不安が残るが、山梨で牛を元気に育ててもらえるのは本当にありがたい」と一安心した様子。小野理事長は「将来的には福島の牛の種を使って、繁殖させられたら」と話している。【山口香織】

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 津波で家を失い、家族4人軽自動車で一路西へ−−。東日本大震災で被災した千葉県旭市駒込の大工、安藤年男さん(51)の一家4人が、広島県三原市久井町の市営住宅に入居した。自宅は津波に流され、その後も続く停電や原発事故による混乱から、首都圏を離れることを決意した。古里の暮らしを奪われた悲しみは癒えないが、約750キロ離れた地で出会った人々の温かさに包まれ、新生活の一歩を踏み出した。【中尾卓英】

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 安藤さんの自宅は3年前に新築。九十九里浜の海まで15メートルの木造平屋建てのマイホームだった。震災の日、休みで家にいた安藤さんは、揺れがおさまると長男啓刀(けいと)君(6)を抱えて車で避難。成田国際空港近くの貿易会社に勤務する妻綾子さん(37)、旭市立富浦小3年で授業中だった長女理乃さん(9)とは、避難所になった同小体育館で深夜に再会した。

 翌朝見に行くと、自宅は高さ7メートルを超える津波で影もなく、100メートルほど内陸に見慣れた冷蔵庫や洗濯機の残骸があった。今春、小学校に入学する啓刀君のランドセルや学用品を拾い集めたが、家族の思い出が詰まったアルバムなどは見つからなかった。旭市では13人が犠牲になり、全半壊家屋は770戸を超えた。

 一家は1週間、長生村にある綾子さんの実家に身を寄せた。しかし、停電や断水が続く。福島第1原発事故で漏れた放射性物質への不安が高まる中、混乱する首都圏に子どもと共にとどまるべきではないと判断した。

 その時、思い出したのは、昨年夏の夫婦旅行で広島県を訪れた際に触れた人情と、温暖な気候。インターネットで住宅提供情報を調べ、三原市役所に電話すると、担当者は「すぐに来てください」。一家は毛布と衣類、数日分の食料だけを軽自動車に積んで21日に出発。ガソリン不足の中、開いているスタンドで10リットルずつ給油しながら新潟に出て、北陸道などを経由し2泊3日で三原市にたどり着いた。

 市役所を訪ねる前に空腹を訴える子どもにせがまれ、食事をしようと同市本町1の権藤美佐江さん(64)のお好み焼き店に偶然立ち寄った。車のナンバーを見た権藤さんは「ひょっとして、地震に遭ったの?」と、子どもたちを抱きしめてくれた。そして言った。「困った時は、甘えたらいいの」。権藤さんは焼きそばなどを家族にごちそうし、常連客や知人に呼びかけて電気カーペットや台所用品、衣類、義援金などを集めた。

 市の担当者も住宅に寝具や照明器具、風呂がま、ガスコンロをそろえて迎え、中古の冷蔵庫やテレビ、電子レンジに加え、学習机なども持ち込んだ。「地震以来、初めてぐっすり眠れた。よそ者をこんなにあったかく迎えてくれるなんて」。民生委員らも24日の入居後、毎日、様子を見に来てくれる。

 理乃さんは「家族全員が無事だったのは神様のおかげ」と感謝。綾子さんは転入・転校手続きや買い出し、あいさつ回りなどに追われる中、千葉での生活を思い出すと涙が止まらなくなる。自分たちにできる仕事が見つかるか、子どもたちが新しい学校生活に慣れるかなど、将来への不安も尽きない。だが、夫妻は言う。「後ろ髪を引かれる思いで出てきた。千葉の友達や親類に『元気でいるよ』と言いたい。そして、我慢強い東北や北関東の被災者の方々に『今は甘えてもいいんだよ。立ち直った時に恩返しをすればいいんだよ』と伝えたい」


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