電動スクーターの開発が進み期待しています。まだガソリンのスクーターしか乗ったことありませんが、電動スクーターがお手ごろな値段になるか一回の充電で自分が満足できる走行距離が可能になればぜひ乗ってみたいです。50ccのスクーターだと結構ガソリンを入れにいくのがめんどくさく、家庭で充電できる電動スクーターはかなり魅力的で便利だと思います。
マンションを借りるときに、駐車場があるかどうかというのが大事になるという人もいる。もっとも、駐車場を借りるということは、車がある人限定のために、東京都心では、あまり関係ないかもしれない。電車の方が交通の便がいいということから、車を運転しないという人も少なくはない。そういう考え方になることも納得できる。
◇自治会副会長・石田さん
国立ハンセン病療養所「長島愛生園」(瀬戸内市)の入所者自治会副会長の石田雅男さん(74)の講演が11日、北区であった。この日は、ハンセン病元患者に対する隔離政策の過ちを認めた熊本地裁の判決からちょうど10年の節目だった。石田さんは長島愛生園で過ごした64年間を振り返り、「病気にかかって忌み嫌われ泣いたこともあったが、人のやさしさに気づくこともあった。まんざらでもない人生と言い聞かせている」と話した。
長島愛生園の入所者が高齢とハンセン病の後遺症の影響で「社会に戻って生活するには大きな壁がある」と説明。同園の将来について、石田さんは「邑久光明園とともに長島全体を人権学習のできる島としていきたい」と話した。
講演は人権について考える「市民のつどい」(岡山市など主催)の一環。ハンセン病をテーマにした映画「ふたたび SWING ME AGAIN」の上映もあり、約700人が参加した。【石井尚】
5月12日朝刊
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◇他の地域補い機能維持する 県防災、津波対策柱に見直し
東日本大震災は東北沖の太平洋で、これまで個別に活動していた地震断層がほぼ同時に動き、大津波が沿岸部を襲った。西日本でも東海、東南海、南海の3地震が同時発生する可能性が高く、瀬戸内海にも津波が予想される。近く見直し作業が始まる県地域防災計画も津波対策が大きな柱になる。11日で震災発生から2カ月。大災害に備えるために何が必要か−−。【小園長治】
阪神大震災(95年)で復旧・復興の指揮を執った前兵庫県知事の貝原俊民さん(77)は「もし東海、東南海、南海の地震が同時に起こった場合、静岡、愛知、三重から和歌山、徳島、高知、宮崎、鹿児島、沖縄まで計り知れない大災害が予想される」と指摘する。
国の中央防災会議も3地震同時発生の場合、瀬戸内海沿岸に発生から1時間半〜2時間で3メートルを超える津波の到達を予想している。過去の例では駿河湾から四国沖を震源する宝永地震(1707年)で岡山も大きな被害を受けた。このため県の地域防災計画も、広域災害を想定した対策が求められる。貝原さんは「日本列島のどこかが大きな被害を受けたとき、他の地域が補い、国の機能を維持するフェール・セーフの考え方でより安全な国土構造を再構築するべきである」と力説する。
広域にわたる被災自治体に対し、全国の自治体が支援する仕組みづくりが急務で、どこが被災自治体を支援するのか、ブロック別に担当を事前に決めることが重要という。県地域防災計画も各市町村の相互支援のあり方が大きなテーマになる。
貝原さんは続ける。「阪神大震災は『個の自由』をおう歌する都市型ライフスタイルが、孤独死という衝撃的事象を表面化させた。大災害の前で『個』は『孤』となった。そこで共存の大切さを知った。東日本大震災は生活の豊かさを支える『巨大科学技術』が『巨大危機』であることを強烈に再認識させられた。二つの大震災の教訓を忘れてならない」
県の地域防災計画の見直し作業は、防災研究者ら8〜10人で構成する専門家検討会を近く発足させ、年度内に新たな地域防災計画を策定する。
貝原さんは「日本は家族や古里を大切にしてきた。社会が国民を守り、国民は社会を支えてきた。東日本大震災の復興は古里を復興させるという被災者の熱い思いが基本で、地域主体の復興でなければならない。防災も同様。互いの古里を大切にする強じんなフェール・セーフでなければならない」と提言している。
5月12日朝刊
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県政を担当して2年余。1年目は衆院選と知事選、2年目は参院選と統一地方選−−と大型選挙ラッシュだった。選挙取材に明け暮れたせいか、県庁内に掲げてある県議たちの登・退庁ボードのチェックが日課となった。
大型連休明けの9日も、県庁玄関受付にあるボードをチェック。すると「んっ?」と違和感を覚え、ややあって「あっ!」とわけを理解した。会派順が、改選前と変わっていたのだ。最上段は議長、副議長に続き、議員が最も多い自民党とばかり思っていたのが、改選後は「改革21」に。かつてそこに並んだ自民党議員の名は、3会派にばらけていた。
改めてボードを見直し「民主系が第1会派か」と感慨深かった。改革21を中心とした連立会派結成は自民会派3分裂が発端とはいえ、長崎での「政権交代」のようにも見える。先に政権交代した中央の迷走ぶりを見ると心もとないのだが、いい意味で裏切ってくれるか?【阿部義正】
〔長崎版〕
5月12日朝刊